ドラゴンクエスト4のクリフト×アリーナ(クリアリ)を中心とした二次創作サイトです。
「…何かクリフト。…変」
あからさまな嫌悪の表情と共に発せられたアリーナの言葉に、クリフトは無言のまま項垂れた。
Tenor
数ヶ月前から調子が悪く、風邪を引いたのだろうと思っていた。
声を出そうとしたら声が掠れたり、高く裏返ったり。これが声変わりなのだと理解出来たのは、パリスの「クリフトも大人の男の入り口に立ったのですね」というひと言だ。
それは仕方ない。
クリフトも十三歳。少年から青年へと心も身体も変化する時期だ、声変わりも遅かれ早かれ始まる。
声変わりをすれば、1オクターブ程、音域が下がる。聖歌隊に混じって高い声で歌う事は難しいだろう。
問題があるとすれば、声変わり中の声は相手にとって聞き取り辛くなる、という部分のみだ。
それも数ヶ月の問題、男なら誰もが通る道なのだと気楽に考えていた。
のだが。
久し振りにクリフトの部屋を訪れたサントハイムの姫君は、クリフトの挨拶の言葉を聞くや否や眉を潜めたのだ。
「声、どうしたの?また風邪を引いたの?」
心配そうな瞳のアリーナに大人の声へと変わったのだと説明すると、アリーナは、
「…何かクリフト。…変」
あからさまな嫌悪の表情を浮かべたのだ。
いつもよりも早めに切り上げられ自室へと戻って行ったアリーナを見送った後、クリフトは分かりやすく落ち込み、項を垂れていた。
アリーナはこれまでは友人クリフトとの時間を楽しんでいた。それはクリフトも同様だ。だが、これを機に距離を置かれる可能性がある。
これは正直、かなり辛い。
「大人…か」
前よりも少し低くなった声で呟く。
アリーナとは本当の兄妹のように過ごしてきた。
だが大人となれば今のままという訳にはいかないだろう。
所詮は血の繋がりの無い男女なのだ、在らぬ噂となる可能性もある。
少しずつ互いの距離を置く時期に入ったのかも知れない。
小さな応えの音に振り返る。
扉の隙間から覗くのはアリーナ。表情は曇っている。
「姫様、どうなさっ…」
いけない。クリフトは口を閉じた。自分の今の声はアリーナを不安にさせてしまう。
「ごめんなさい」
アリーナは顔を強張らせながら頭を下げる。
「あなたに変だなんて言ってしまったわ。私、いつもの声はもう聞けなくなったんだと思ったら悲しくなって。急にクリフトが大人の男の人に思えて、勝手に距離を感じて。声が変わってもクリフトはクリフトなのに…私ったら」
じわりと涙を浮かべるアリーナに近づくとクリフトは微笑んだ。
「…この声は苦手ですか?」
囁くとアリーナの頬がさっと朱に染まる。
「ううん、新しい声も素敵よ。大人になっても、これからも私とお話ししてくれる?」
「声が大人になっただけ、貴女が仰ったように私は私です。貴女との時間は私にとって楽しいひと時なのです。お時間さえ許せば訪ねて下さると嬉しいです」
「…良かった」
安心したように笑うアリーナの笑顔にどきりと胸が高鳴る。
「クリフトに嫌われたかもと怖くて」
「嫌いになんて」
そう返しながら、クリフトは喉に指先を添えた。
少年から青年へと身体が変化する。
心も。無邪気なままではいられなくなる。
「…姫様」
彼女に対する思いに愛しいという感情が混じる。
彼女も大人になったら知るのだろうか?
誰かにそんな感情を抱くのだろうか?
「何?」
「私が貴女を嫌う事など有り得ません」
テノールが憂いを纏ったまま、切なく笑った。
「私の忠誠は貴女一人のものです」
身体も心も、もう昔には戻れない事を自覚しながら。
end.
あからさまな嫌悪の表情と共に発せられたアリーナの言葉に、クリフトは無言のまま項垂れた。
Tenor
数ヶ月前から調子が悪く、風邪を引いたのだろうと思っていた。
声を出そうとしたら声が掠れたり、高く裏返ったり。これが声変わりなのだと理解出来たのは、パリスの「クリフトも大人の男の入り口に立ったのですね」というひと言だ。
それは仕方ない。
クリフトも十三歳。少年から青年へと心も身体も変化する時期だ、声変わりも遅かれ早かれ始まる。
声変わりをすれば、1オクターブ程、音域が下がる。聖歌隊に混じって高い声で歌う事は難しいだろう。
問題があるとすれば、声変わり中の声は相手にとって聞き取り辛くなる、という部分のみだ。
それも数ヶ月の問題、男なら誰もが通る道なのだと気楽に考えていた。
のだが。
久し振りにクリフトの部屋を訪れたサントハイムの姫君は、クリフトの挨拶の言葉を聞くや否や眉を潜めたのだ。
「声、どうしたの?また風邪を引いたの?」
心配そうな瞳のアリーナに大人の声へと変わったのだと説明すると、アリーナは、
「…何かクリフト。…変」
あからさまな嫌悪の表情を浮かべたのだ。
いつもよりも早めに切り上げられ自室へと戻って行ったアリーナを見送った後、クリフトは分かりやすく落ち込み、項を垂れていた。
アリーナはこれまでは友人クリフトとの時間を楽しんでいた。それはクリフトも同様だ。だが、これを機に距離を置かれる可能性がある。
これは正直、かなり辛い。
「大人…か」
前よりも少し低くなった声で呟く。
アリーナとは本当の兄妹のように過ごしてきた。
だが大人となれば今のままという訳にはいかないだろう。
所詮は血の繋がりの無い男女なのだ、在らぬ噂となる可能性もある。
少しずつ互いの距離を置く時期に入ったのかも知れない。
小さな応えの音に振り返る。
扉の隙間から覗くのはアリーナ。表情は曇っている。
「姫様、どうなさっ…」
いけない。クリフトは口を閉じた。自分の今の声はアリーナを不安にさせてしまう。
「ごめんなさい」
アリーナは顔を強張らせながら頭を下げる。
「あなたに変だなんて言ってしまったわ。私、いつもの声はもう聞けなくなったんだと思ったら悲しくなって。急にクリフトが大人の男の人に思えて、勝手に距離を感じて。声が変わってもクリフトはクリフトなのに…私ったら」
じわりと涙を浮かべるアリーナに近づくとクリフトは微笑んだ。
「…この声は苦手ですか?」
囁くとアリーナの頬がさっと朱に染まる。
「ううん、新しい声も素敵よ。大人になっても、これからも私とお話ししてくれる?」
「声が大人になっただけ、貴女が仰ったように私は私です。貴女との時間は私にとって楽しいひと時なのです。お時間さえ許せば訪ねて下さると嬉しいです」
「…良かった」
安心したように笑うアリーナの笑顔にどきりと胸が高鳴る。
「クリフトに嫌われたかもと怖くて」
「嫌いになんて」
そう返しながら、クリフトは喉に指先を添えた。
少年から青年へと身体が変化する。
心も。無邪気なままではいられなくなる。
「…姫様」
彼女に対する思いに愛しいという感情が混じる。
彼女も大人になったら知るのだろうか?
誰かにそんな感情を抱くのだろうか?
「何?」
「私が貴女を嫌う事など有り得ません」
テノールが憂いを纏ったまま、切なく笑った。
「私の忠誠は貴女一人のものです」
身体も心も、もう昔には戻れない事を自覚しながら。
end.
「姫君、勘違いなさっては困りますぞ」
大公フィーニアスはにたりと笑うと挑戦的な瞳で見上げてくるアリーナに囁いた。
「そなたは所詮、女王蜂に過ぎぬ」
「……?」
無言のまま眉を顰めるアリーナに態とらしい溜息を吐いた後、大公は再び口を開いた。
「アリーナ姫よ。蜜蜂は集めた蜜を同じ蜜蜂の中から選んだ蜂に与え、女王蜂にするという。決して女王たる資格を持っていたわけでは無く、偶々選ばれたに過ぎない存在でありながら女王となった蜂はただ子を成す事だけを義務付けられる。そなたもまた女王蜂と同じ。そなた自身には何の力も無い。……そう、女王蜂同様、そなたも次のサントハイムを担う子を残す、それだけの存在なのだ」
Queen bee
「……何ですって?」
何時もは柔和なクリフトの声に怒気が含まれる。自分の表情が暗いからとクリフトに問い詰められたとは言え、アリーナはやはり言うべきでは無かったと後悔した。
「大公様は何処まで姫様を侮辱すれば気が済むと言うのだ」
クリフトはぎりりと歯軋りしながらぎゅっと拳を握った。その手をそっと覆いながらアリーナは優しい親友を見上げた。
「良いのよ、クリフト。クリフトがそうやって怒ってくれる、それだけで私は……」
「何を仰るのです」
クリフトはすぐさま頭を振った。
「サントハイムの次代の王となられるアリーナ様を子を成せば良いだけと侮辱されたのですよ?!これはサントハイムに生き、王を絶対的存在として尊ぶ全ての民を侮辱したに等しい!!」
嗚呼……、そうか。これが答え。アリーナは薄らと笑みを浮かべる。
何の力も無く、ただ子を成す為に選ばれた女王蜂。
だが、それは全て働き蜂が居るからこそ成り立つ、一つの王国。
そして、それが本来の国の姿。
一人の王が作るのではなく、皆の手によって作り上げられる王国こそ、在るべき姿。
アリーナは憤るクリフトの手を握る指に力を込めた。
「大公の言った通りよ、私、解ったの。私は偶々ただ一人の王女として産まれたから次代の王として教育を受けているだけで、王としての才覚も予言者としての能力も……無い」
「姫様……」
クリフトは哀しそうに目を細める。
「そのような事はありません、決してそのような事は」
「最後まで聞いて頂戴、クリフト」
アリーナはにっこりと笑った。その笑顔に一点の曇りも無い事にクリフトは戸惑いながらも口を噤む。
「寧ろ、私に答えを与えてくれたフィーニアス大公には感謝しなくちゃ」
「え?」
「フィーニアスが教えてくれたのよ、私のような者が女王として国を支えるにはどうしたら良いのかを。女王蜂は働き蜂が居るからこそ、女王としての自分の義務を果たす事が出来る。返せば、何の力も無い女王でも優秀な者達が居れば充分国を支える事が出来るという事」
アリーナの真意を読み取ろうとするかのような瞳でクリフトはじっと王女を見つめた。アリーナは笑みを崩す事無く言葉を紡ぐ。
「お父様のような王の素質も予言の力も無い私はずっと女王になる事が不安だったけど、あなたが居れば私は大丈夫だって解ったの。そうよ、これまでだってクリフトが居てくれたから何とかやってこれたのだもの、きっとこの先もそうよ。未来を夢に視る力の無い私だけど、クリフトや皆が居れば女王となっても怯む事無くサントハイムの明日を夢見る事が出来るわ。そして、皆で作り上げた国は本当に在るべき国の姿となると」
「…解りました、姫様」
貴女の夢見るサントハイムの未来を現実にする為に私が必要だと仰るのなら。
クリフトはぎゅっとアリーナの手を握った。
「貴女が私を必要と仰るのなら、私は何時でも貴女の夢を支える手の一つとなりましょう。……とは言え、私はまだまだサントハイムにとって未熟な働き蜂ですけどね」
クリフトの言葉にアリーナはころころと笑う。
「それはお互い様よ。それに私だってただ蜜を与えられ子を成すだけの女王蜂になるなんて真っ平だもの」
「それは心強い」
クリフトもまた声を出して笑った。
やがて少女と少年は大人となり、
全てを切り裂く鋭い針を持つかの如き勇ましき女王とそれを支える蜜蜂の如き知恵を持つ第一の存在となる。
だが、それはまだまだ未来の物語。
大公フィーニアスはにたりと笑うと挑戦的な瞳で見上げてくるアリーナに囁いた。
「そなたは所詮、女王蜂に過ぎぬ」
「……?」
無言のまま眉を顰めるアリーナに態とらしい溜息を吐いた後、大公は再び口を開いた。
「アリーナ姫よ。蜜蜂は集めた蜜を同じ蜜蜂の中から選んだ蜂に与え、女王蜂にするという。決して女王たる資格を持っていたわけでは無く、偶々選ばれたに過ぎない存在でありながら女王となった蜂はただ子を成す事だけを義務付けられる。そなたもまた女王蜂と同じ。そなた自身には何の力も無い。……そう、女王蜂同様、そなたも次のサントハイムを担う子を残す、それだけの存在なのだ」
Queen bee
「……何ですって?」
何時もは柔和なクリフトの声に怒気が含まれる。自分の表情が暗いからとクリフトに問い詰められたとは言え、アリーナはやはり言うべきでは無かったと後悔した。
「大公様は何処まで姫様を侮辱すれば気が済むと言うのだ」
クリフトはぎりりと歯軋りしながらぎゅっと拳を握った。その手をそっと覆いながらアリーナは優しい親友を見上げた。
「良いのよ、クリフト。クリフトがそうやって怒ってくれる、それだけで私は……」
「何を仰るのです」
クリフトはすぐさま頭を振った。
「サントハイムの次代の王となられるアリーナ様を子を成せば良いだけと侮辱されたのですよ?!これはサントハイムに生き、王を絶対的存在として尊ぶ全ての民を侮辱したに等しい!!」
嗚呼……、そうか。これが答え。アリーナは薄らと笑みを浮かべる。
何の力も無く、ただ子を成す為に選ばれた女王蜂。
だが、それは全て働き蜂が居るからこそ成り立つ、一つの王国。
そして、それが本来の国の姿。
一人の王が作るのではなく、皆の手によって作り上げられる王国こそ、在るべき姿。
アリーナは憤るクリフトの手を握る指に力を込めた。
「大公の言った通りよ、私、解ったの。私は偶々ただ一人の王女として産まれたから次代の王として教育を受けているだけで、王としての才覚も予言者としての能力も……無い」
「姫様……」
クリフトは哀しそうに目を細める。
「そのような事はありません、決してそのような事は」
「最後まで聞いて頂戴、クリフト」
アリーナはにっこりと笑った。その笑顔に一点の曇りも無い事にクリフトは戸惑いながらも口を噤む。
「寧ろ、私に答えを与えてくれたフィーニアス大公には感謝しなくちゃ」
「え?」
「フィーニアスが教えてくれたのよ、私のような者が女王として国を支えるにはどうしたら良いのかを。女王蜂は働き蜂が居るからこそ、女王としての自分の義務を果たす事が出来る。返せば、何の力も無い女王でも優秀な者達が居れば充分国を支える事が出来るという事」
アリーナの真意を読み取ろうとするかのような瞳でクリフトはじっと王女を見つめた。アリーナは笑みを崩す事無く言葉を紡ぐ。
「お父様のような王の素質も予言の力も無い私はずっと女王になる事が不安だったけど、あなたが居れば私は大丈夫だって解ったの。そうよ、これまでだってクリフトが居てくれたから何とかやってこれたのだもの、きっとこの先もそうよ。未来を夢に視る力の無い私だけど、クリフトや皆が居れば女王となっても怯む事無くサントハイムの明日を夢見る事が出来るわ。そして、皆で作り上げた国は本当に在るべき国の姿となると」
「…解りました、姫様」
貴女の夢見るサントハイムの未来を現実にする為に私が必要だと仰るのなら。
クリフトはぎゅっとアリーナの手を握った。
「貴女が私を必要と仰るのなら、私は何時でも貴女の夢を支える手の一つとなりましょう。……とは言え、私はまだまだサントハイムにとって未熟な働き蜂ですけどね」
クリフトの言葉にアリーナはころころと笑う。
「それはお互い様よ。それに私だってただ蜜を与えられ子を成すだけの女王蜂になるなんて真っ平だもの」
「それは心強い」
クリフトもまた声を出して笑った。
やがて少女と少年は大人となり、
全てを切り裂く鋭い針を持つかの如き勇ましき女王とそれを支える蜜蜂の如き知恵を持つ第一の存在となる。
だが、それはまだまだ未来の物語。
結婚 (19/06/01~19/06/15)
大丈夫。報われない恋等、しない。
それでも願う、私が気付いた一つの真実に。
・1 野菜を買うように side.K
・2 最有力候補者は side.A
・3 縁があるならば side.K
・4 期待した答えとは side.A
・5 その代償として side.K
・6 切り離せないから side.A
・7 抱くものは side.K
・8 どんな未来であろうと side.A
大丈夫。報われない恋等、しない。
それでも願う、私が気付いた一つの真実に。
・1 野菜を買うように side.K
・2 最有力候補者は side.A
・3 縁があるならば side.K
・4 期待した答えとは side.A
・5 その代償として side.K
・6 切り離せないから side.A
・7 抱くものは side.K
・8 どんな未来であろうと side.A
西の大陸サントハイム。
宗教を柱とする魔法王国サントハイムでは、現在、建国千年を祝う祭りが催されている。
何時もはエンドールのような派手さは無い城下町サランも様々な垂れ幕や綺麗な飾りがあしらわれ、商店では建国記念の商品が所狭しと陳列している。
数日間に渡る祭りも本日が最後。今年十六となり、益々外への憧れを募らせるサントハイムの王女アリーナは城のテラスの手摺に凭れながら溜息を吐いた。
「もう終わっちゃうのね」
華やかに彩られたサランの街並みから響く歓声。短い台詞には『自分もあの場に居たい』という思いも込められているのだろう。側に立つクリフトは苦笑した。
「素性の判らない旅人も多く滞在しています。警備の者をそちらに割いておりますので、本日も城の警護が手薄となっております。姫様には城の中、出来れば私の側にいらして頂ければ有り難いのですが」
本来なら城中の警備を行う部隊も現在はサランの治安を守る部隊の応援に回っている。かと言って、城に居る王や王女に何かがあってはならない、その為に王達には城の三階のみに行動範囲を限定し、警護している。唯でさえその状況は王女に窮屈な思いをさせているのにサランは文字通りのお祭り騒ぎなのだ、御機嫌斜めなのも致し方無い。
「ねえ、まだなの?」
サランを眺めたままアリーナが放つ、少し苛ついた色を纏う問いかけにクリフトは柔らかな笑みを浮かべる。
「もう直ぐですから」
なのでテラスまでならと自分が側で目を光らせるのを条件に譲歩しているのだ。
small seed
「『私の側』…ねえ」
アリーナがちらりとクリフトを見上げる。クリフトは赤くなる頬を隠すようにそっぽを向いた。
「…別に深い意味はありませんよ?」
「深い意味って何よ」
「……さあ」
「変なクリフト」
アリーナは興味を失ったのか、再びサランの方へと瞳を向ける。追及を逃れ、クリフトはほっとした表情で再びアリーナに声を掛ける。
「それよりしっかりと街を御覧下さい。もう直ぐですから」
「だからもう直ぐって何よ?」
「ですから御覧戴いて下されば解ります」
クリフトはアリーナの隣に立つと笑みを浮かべた。それをじっと眺めた後、アリーナは再びサランを見つめる。そして小さく「あっ」と叫んだ。
街の中からふわりと浮かぶ、色とりどりのもの。
それが何かは数秒経ってからアリーナは気付いた。
「風船……、風船だわ!」
一つ二つでは無い。街に影を落とすのではないかと思われるほど、無数。赤や青、黄色や緑…、様々な色を持つ風船はふわりと浮かび、其々の速さで風に乗り、流されて行く。
「綺麗…!」
瞳を輝かせるアリーナの姿に目を細めた後、クリフトは風船を見つめる。
建国千年祭の最後に何か行いたい。沢山の企画案の中で、『風船の中に特殊な空気を入れたら、空高く浮かぶようになる』というキングレオの錬金術師から齎された技術を使う案が採用された。
手頃な価格で準備出来、サランに居なくても祭りの終了がひと目で解る。企画は見事に成功したようだ。
「風船、何処に行っちゃうのかしら?エンドールまで行けるかな?」
現在は東へと流されている。東にはサントハイムを東西に分ける険しい山脈がある、其処にぶつかってしまわないだろうか?ちゃんと避けて更に東にある隣国エンドールに流れ着くだろうか?
「幾つかはエンドールに到着するかも知れませんね」
可能性はかなり低いだろう、と思いながらクリフトは話を合わせる。アリーナは満足そうに笑った。
「そうね、エンドールの人達、きっと吃驚するわよ」
「ええ。…そうそう、あの風船には種子が入っているのですよ」
「種子?」
「サントハイムの東には大きな砂漠が御座います。何時か地面に落ちた風船から零れ落ちる種子が芽吹き、緑が広がると素敵だと思いませんか?」
「……素敵ね」
アリーナは瞳を細める。
「小さな種が世界を変えるかも知れないなんて」
「辿り着くかどうかは解りませんけどね」
「どっちでも良いのよ、結果なんて。でもね、クリフト。種は蒔かなくちゃ芽は出ないのよ」
「……」
クリフトは驚いた表情でアリーナを見つめる。
「だから、あなたも『種』を持っているのなら、蒔かなくてはならないわよ」
「姫様……」
この人は。偶に予言めいた事を口にする。
私の背を未来へ向けて押すような言葉を。
「……そうですね。蒔く事が許されるのならば」
クリフトをじっと見ていたアリーナはにっこりと笑うと再び風船達へと紅色の瞳を向けた。
「いってらっしゃい。あなた達が抱く『小さな種』を育てる為に」
宗教を柱とする魔法王国サントハイムでは、現在、建国千年を祝う祭りが催されている。
何時もはエンドールのような派手さは無い城下町サランも様々な垂れ幕や綺麗な飾りがあしらわれ、商店では建国記念の商品が所狭しと陳列している。
数日間に渡る祭りも本日が最後。今年十六となり、益々外への憧れを募らせるサントハイムの王女アリーナは城のテラスの手摺に凭れながら溜息を吐いた。
「もう終わっちゃうのね」
華やかに彩られたサランの街並みから響く歓声。短い台詞には『自分もあの場に居たい』という思いも込められているのだろう。側に立つクリフトは苦笑した。
「素性の判らない旅人も多く滞在しています。警備の者をそちらに割いておりますので、本日も城の警護が手薄となっております。姫様には城の中、出来れば私の側にいらして頂ければ有り難いのですが」
本来なら城中の警備を行う部隊も現在はサランの治安を守る部隊の応援に回っている。かと言って、城に居る王や王女に何かがあってはならない、その為に王達には城の三階のみに行動範囲を限定し、警護している。唯でさえその状況は王女に窮屈な思いをさせているのにサランは文字通りのお祭り騒ぎなのだ、御機嫌斜めなのも致し方無い。
「ねえ、まだなの?」
サランを眺めたままアリーナが放つ、少し苛ついた色を纏う問いかけにクリフトは柔らかな笑みを浮かべる。
「もう直ぐですから」
なのでテラスまでならと自分が側で目を光らせるのを条件に譲歩しているのだ。
small seed
「『私の側』…ねえ」
アリーナがちらりとクリフトを見上げる。クリフトは赤くなる頬を隠すようにそっぽを向いた。
「…別に深い意味はありませんよ?」
「深い意味って何よ」
「……さあ」
「変なクリフト」
アリーナは興味を失ったのか、再びサランの方へと瞳を向ける。追及を逃れ、クリフトはほっとした表情で再びアリーナに声を掛ける。
「それよりしっかりと街を御覧下さい。もう直ぐですから」
「だからもう直ぐって何よ?」
「ですから御覧戴いて下されば解ります」
クリフトはアリーナの隣に立つと笑みを浮かべた。それをじっと眺めた後、アリーナは再びサランを見つめる。そして小さく「あっ」と叫んだ。
街の中からふわりと浮かぶ、色とりどりのもの。
それが何かは数秒経ってからアリーナは気付いた。
「風船……、風船だわ!」
一つ二つでは無い。街に影を落とすのではないかと思われるほど、無数。赤や青、黄色や緑…、様々な色を持つ風船はふわりと浮かび、其々の速さで風に乗り、流されて行く。
「綺麗…!」
瞳を輝かせるアリーナの姿に目を細めた後、クリフトは風船を見つめる。
建国千年祭の最後に何か行いたい。沢山の企画案の中で、『風船の中に特殊な空気を入れたら、空高く浮かぶようになる』というキングレオの錬金術師から齎された技術を使う案が採用された。
手頃な価格で準備出来、サランに居なくても祭りの終了がひと目で解る。企画は見事に成功したようだ。
「風船、何処に行っちゃうのかしら?エンドールまで行けるかな?」
現在は東へと流されている。東にはサントハイムを東西に分ける険しい山脈がある、其処にぶつかってしまわないだろうか?ちゃんと避けて更に東にある隣国エンドールに流れ着くだろうか?
「幾つかはエンドールに到着するかも知れませんね」
可能性はかなり低いだろう、と思いながらクリフトは話を合わせる。アリーナは満足そうに笑った。
「そうね、エンドールの人達、きっと吃驚するわよ」
「ええ。…そうそう、あの風船には種子が入っているのですよ」
「種子?」
「サントハイムの東には大きな砂漠が御座います。何時か地面に落ちた風船から零れ落ちる種子が芽吹き、緑が広がると素敵だと思いませんか?」
「……素敵ね」
アリーナは瞳を細める。
「小さな種が世界を変えるかも知れないなんて」
「辿り着くかどうかは解りませんけどね」
「どっちでも良いのよ、結果なんて。でもね、クリフト。種は蒔かなくちゃ芽は出ないのよ」
「……」
クリフトは驚いた表情でアリーナを見つめる。
「だから、あなたも『種』を持っているのなら、蒔かなくてはならないわよ」
「姫様……」
この人は。偶に予言めいた事を口にする。
私の背を未来へ向けて押すような言葉を。
「……そうですね。蒔く事が許されるのならば」
クリフトをじっと見ていたアリーナはにっこりと笑うと再び風船達へと紅色の瞳を向けた。
「いってらっしゃい。あなた達が抱く『小さな種』を育てる為に」
聖堂横にある、クリフトの執務室。
そっと扉を開けて、アリーナは覗き込む。この部屋の主はまだ戻っていないようだ。
昨日の夕刻からサラン大聖堂で泊りがけの会議を行っていた筈。
でも、もう直ぐ戻るよね。アリーナは定位置の長椅子に腰掛けると窓の外を眺めた。
チョコレートは幾つくらい貰ったのだろう?
さっきの女官のようにお世話になっているからと渡された物もあるだろう。だが、好意を持っているからこそ渡された物もあるに違いない。クリフトが好きだどうだと騒いでいる女官も思い浮かぶだけで片手の指では足りない。
それも全て前日に返してしまったのだろうか?
それがクリフトの優しさで冷たさ。
誠意を持って対応するが、決して期待は持たせない。持ってはならないと宣告する。
女官の言っている事を何となく理解しながらアリーナは頬杖をついた。
どうして私には何もお返しをしてくれなかったのだろう?
女官達と違い、自分は王女だから?
「私だって女の子なのに」
恨みがましく呟くとくすくすと笑い声が聞こえた。アリーナはぎょっとしながら振り返る。
「クリフト!」
何時の間にか、背後にクリフトが立っている。アリーナは気まずさを隠す為に怒ったような顔をした。
「何よ、居るなら居るって言いなさいよ!」
「申し訳ありません。ちょっと驚かせようと思いまして」
クリフトは瞳を細めると小さな包み紙を差し出した。
「私にくれるの?」
女官が見せてくれた物と似ているが、中に入っているのはクッキーでは無く、飴。
「手作りでは無く、サランで買い求めたものですから御安心を」
「どうしてくれるの?」
アリーナの言葉にクリフトは困った顔をした。
「…今日はホワイトデイですよ?知りませんか?祝日にチョコレート等を頂いた男性は、この日にお返しをするのですよ」
「だから、だよ。クリフトは、前の日に返すんでしょ?」
「…御存知でしたか」
何で知っているんだ。クリフトは気まずそうに顔を顰めた。
「姫様は特別ですから、ちゃんと当日にお返しをしようと思った次第です」
「…特別って、嫌い。私だって女の子だもん、女官やシスターの皆と一緒だもの。ただ王女という肩書きを持つだけ」
アリーナは頬を膨らませる。
「…知っています」
クリフトは目を細めるとアリーナの耳を飾る、青い硝子玉に触れる。
知っている。貴女が決して手に入らない女性である事は。それでも。
「それでも私にとっては、貴女は特別な人なんです」
「…解ったわよ」
クリフトは、真面目だ。クリフトにとって私は女の子の前にお姫様。
そう簡単には割り切れないのだろう。
寂しいけれど。仕方ないのだろう。
アリーナは自分を納得させると微笑んだ。
「御礼….まだだったね。有難う、クリフト」
アリーナは飴を口の中に放り込む。
「ふふっ、私の好きな味」
「喜んで頂けて良かった」
幸せそうに笑うアリーナにクリフトもまた幸せそうに微笑んだ。
「ところで、何で中身も違うの?」
「え?」
アリーナの質問にクリフトの笑顔は固まる。アリーナは人差し指を顎に当てながら首を傾げた。
「皆は『友人』っていう意味のクッキーだったのよね?私もクリフトの友達なのに。飴には別の意味とかあるのかな、…また明日にでも聴いてみようっと」
まさか渡すお返しの品に意味がある事をアリーナが知っているとは思わなかったクリフトは焦る。
「い、いや、意味なんてありませんから!たまたまサランで飴を売っていたからです!」
勿論嘘だ、本当は意味がある。甘い味が残る飴は『あなたに好意を持っている』という意味を持つ。
「クッキーでも良かったのに。私がクッキー、好きなのを知ってるでしょ」
「クッキーは手作りだったのです!そ、そう、姫様にそんな物を召し上がって頂く訳には参りませんし」
「…何でそんなに焦っているのよ。まさか飴のお返しって悪い意味なの?」
「ち、違います、もっと良い意味…あ、いや、嗚呼っ!」
「…変なクリフト」
悶えるクリフトを見つめるアリーナは、心に痛みを感じた事も忘れ、口の中に広がる甘い味を楽しんでいた。
アリーナが痛みの正体を知るのは、もう少し先。
クリフトにとってのアリーナが『特別』だと言う本当の意味を知るのは、もっと先。
end.
そっと扉を開けて、アリーナは覗き込む。この部屋の主はまだ戻っていないようだ。
昨日の夕刻からサラン大聖堂で泊りがけの会議を行っていた筈。
でも、もう直ぐ戻るよね。アリーナは定位置の長椅子に腰掛けると窓の外を眺めた。
チョコレートは幾つくらい貰ったのだろう?
さっきの女官のようにお世話になっているからと渡された物もあるだろう。だが、好意を持っているからこそ渡された物もあるに違いない。クリフトが好きだどうだと騒いでいる女官も思い浮かぶだけで片手の指では足りない。
それも全て前日に返してしまったのだろうか?
それがクリフトの優しさで冷たさ。
誠意を持って対応するが、決して期待は持たせない。持ってはならないと宣告する。
女官の言っている事を何となく理解しながらアリーナは頬杖をついた。
どうして私には何もお返しをしてくれなかったのだろう?
女官達と違い、自分は王女だから?
「私だって女の子なのに」
恨みがましく呟くとくすくすと笑い声が聞こえた。アリーナはぎょっとしながら振り返る。
「クリフト!」
何時の間にか、背後にクリフトが立っている。アリーナは気まずさを隠す為に怒ったような顔をした。
「何よ、居るなら居るって言いなさいよ!」
「申し訳ありません。ちょっと驚かせようと思いまして」
クリフトは瞳を細めると小さな包み紙を差し出した。
「私にくれるの?」
女官が見せてくれた物と似ているが、中に入っているのはクッキーでは無く、飴。
「手作りでは無く、サランで買い求めたものですから御安心を」
「どうしてくれるの?」
アリーナの言葉にクリフトは困った顔をした。
「…今日はホワイトデイですよ?知りませんか?祝日にチョコレート等を頂いた男性は、この日にお返しをするのですよ」
「だから、だよ。クリフトは、前の日に返すんでしょ?」
「…御存知でしたか」
何で知っているんだ。クリフトは気まずそうに顔を顰めた。
「姫様は特別ですから、ちゃんと当日にお返しをしようと思った次第です」
「…特別って、嫌い。私だって女の子だもん、女官やシスターの皆と一緒だもの。ただ王女という肩書きを持つだけ」
アリーナは頬を膨らませる。
「…知っています」
クリフトは目を細めるとアリーナの耳を飾る、青い硝子玉に触れる。
知っている。貴女が決して手に入らない女性である事は。それでも。
「それでも私にとっては、貴女は特別な人なんです」
「…解ったわよ」
クリフトは、真面目だ。クリフトにとって私は女の子の前にお姫様。
そう簡単には割り切れないのだろう。
寂しいけれど。仕方ないのだろう。
アリーナは自分を納得させると微笑んだ。
「御礼….まだだったね。有難う、クリフト」
アリーナは飴を口の中に放り込む。
「ふふっ、私の好きな味」
「喜んで頂けて良かった」
幸せそうに笑うアリーナにクリフトもまた幸せそうに微笑んだ。
「ところで、何で中身も違うの?」
「え?」
アリーナの質問にクリフトの笑顔は固まる。アリーナは人差し指を顎に当てながら首を傾げた。
「皆は『友人』っていう意味のクッキーだったのよね?私もクリフトの友達なのに。飴には別の意味とかあるのかな、…また明日にでも聴いてみようっと」
まさか渡すお返しの品に意味がある事をアリーナが知っているとは思わなかったクリフトは焦る。
「い、いや、意味なんてありませんから!たまたまサランで飴を売っていたからです!」
勿論嘘だ、本当は意味がある。甘い味が残る飴は『あなたに好意を持っている』という意味を持つ。
「クッキーでも良かったのに。私がクッキー、好きなのを知ってるでしょ」
「クッキーは手作りだったのです!そ、そう、姫様にそんな物を召し上がって頂く訳には参りませんし」
「…何でそんなに焦っているのよ。まさか飴のお返しって悪い意味なの?」
「ち、違います、もっと良い意味…あ、いや、嗚呼っ!」
「…変なクリフト」
悶えるクリフトを見つめるアリーナは、心に痛みを感じた事も忘れ、口の中に広がる甘い味を楽しんでいた。
アリーナが痛みの正体を知るのは、もう少し先。
クリフトにとってのアリーナが『特別』だと言う本当の意味を知るのは、もっと先。
end.